ギャンブル依存症

ギャンブル依存症の克服 ギャンブル依存症の定義と無意味さ

ギャンブル依存症かどうかをチェックするリストや「私は、(彼氏は、妻は)依存症でしょうか?」という質問を目にしますが、その人がギャンブル依存症であるかを白黒はっきりさせること自体、あまり意味があるように思えません。

僕は、今でこそ、ギャンブルで負けなくなりましたが、負けている時代には借金をする可能性もありましたし、そのせいで、ギャンブルに依存する心理や自己嫌悪の気分もよく分かります。

ギャンブル依存症を調べる人は、ギャンブルで作った借金問題で、

「このままではマズイ!」とか、

毎回のように負けて、

「もう、ほんとにイヤだ!」

と思っているはずで、その解決をしたいのだと思います。

ギャンブル依存症の解決には、助言をくれる人や機関がありますが、多くはギャンブルを否定的に見ている人ばかりです。

ここでは、ギャンブルを続けている立場から、ギャンブル依存症についての考え方と解決方法を探ってみます。

ギャンブルは誰にとっても刺激的で楽しい

現在、ギャンブルで負けていて、依存症の自覚がある(かもしれないと思っている)人は、周囲の人を見てこう思うでしょう。

「みんな、俺と違って依存はしてないんだろうな」

「他の人は、負けていても、どこかで歯止めがかかって、節度を守って遊んでるんだろうな」

これは間違いでしょう。

本業で生活を賭けているプロと呼ばれる人であれば、

「俺は絶対に妥協していない」

という自信があるかもしれませんが、そういった特殊な人で無ければ、継続的に勝てている人でも、

「負けて悔しいので、つい未練打ちをしてしまった」(パチスロ)とか、

「一日で一回も当たらなかったので、最終レースに大勝負してしまった」(競馬)

ということは珍しくないと思います。

ギャンブルは、娯楽で、しかもお金がかかっているので楽しさのレベルが違います。

負けて自己嫌悪を感じているあなたに伝えたいです。

「お金にだらしない」、

「意志が弱い」のは、

あなただけではありません。

基本的には誰もが同じです。

ただ、理に適わない勝負をする回数や頻度が違うだけです。

ですので、依存症or依存症でないという2極的な考え方は現実的ではなくて、ギャンブルを好きな人は、依存の程度が違っているだけで、誰もが依存症といえる状態だと思います。

ギャンブルというものは、世の中で最も便利な、「お金」が遊んで手に入るわけですから、とてつもなく刺激的な遊びなのは誰にとっても同じなのです。

ギャンブル依存症の認定には意味が無い

ネットにギャンブル依存症のスクリーニング検査があったのでやってみました。

「チェックリストで5点以上は、ギャンブル依存症の疑い」で、僕は見事に疑いありでした。

こういったテストは、「依存症かも?」と心配になった人が行なって、「疑いあり」という結果に罪悪感や危機感を持ってもらうことが目的で、一定の効果はあると思います。

ただ、ギャンブルをする人というのは、自分が依存症であることを自覚していても、表向きには認めたくない人が多く、こういう人にチェックリストは無意味です。

スクリーニングテストの、

「あなたのギャンブルについて、まわりの人から非難されたことがありますか?」

という質問も、

「ちょっと小言を言われただけで、非難とまでは言えないな」

と本人が判断すれば、ノーカウントです。

本人が素直にチェックに向き合えば正しい評価になりますが、結局その人の考え方によって結果が違ってきてしまいます。

また、チェックの結果、「ギャンブル依存症の疑い」となっても、

「こんなもの、ギャンブルする人なら全員当てはまるし」

と本人が開き直ってしまえば、これも意味がありません。

さらに、テストを依存症にならないように受けてしまって、

「俺は、まだ大丈夫。だってテスト結果では依存症じゃないから」

となってしまえば逆効果です。

テストそのものはギャンブル依存症の判定の目安としては有効でしょうが、一般的な病気のように白黒させるためのものではなく、テストに依存してはいけません。

ギャンブル依存症に「なる」のではない

「ギャンブルを始めて、しばらくして、ギャンブル依存症になりました」

これは間違っています。

ある時を境にして、風邪を引くように罹るものではありません。

ギャンブルをした時点で、運に任せてお金を増やそうとしているわけで、増えれば嬉しいし、減れば悔しいという、この心理そのものがギャンブル依存症なのだと思います。

ギャンブルでは、慣れによって、次第に勝ち負けに鈍感になり、より大きな勝負をしたくなります。

この程度が大きい人を世間では、

「ギャンブル依存症」

と定義していますが、大きな勝負というのは、明確な線引きではありません。

実際、年収1億もある人であれば、毎日ギャンブルをしまくっても、大して問題になりませんが、年収200万円の人なら、一回でも大負けしたら死活問題です。

有名人では、徳光和夫さんなんかは、話を聞くかぎり、典型的なギャンブル依存症で、これまでにとんでもない額をギャンブルで失っていますが、未だにお金は持っています。

一方で、お金の無い貧乏学生がパチンコで10万も失えば、

「俺の人生終わった」と、

後悔で夜も眠れないでしょう。

このように、ギャンブル依存症に「なる」のではなく、実は全員程度の違いはあれ、ギャンブルをした時点で「なっている」のです。

ただ、その人の経済状況で、笑っていられるか、深刻になるかに違いがあるだけです。

ですので、

「俺はギャンブル依存症に罹ってしまった」とか、

「あなたはギャンブル依存症です」

という判定にこだわるのではなく、

ギャンブルをする時点で自分はギャンブル依存症なのだと思っておきましょう。

大丈夫かどうかかは、ギャンブル依存症であるかどうかではなく、あなたの経済状況で、実際にお金に困っているかどうかです。

お金に困っているなら、改善をしましょう

「俺ってギャンブル依存かもしれない」

「彼はギャンブル依存症なのかな?」

と心配することは無意味です。

お金が足りない、借金している(しそう)など、お金に困っている状態で、その原因がギャンブルなら、その時点で改善の対象です。

このブログの内容でも分かると思いますが、ギャンブルでお金を増やすのはハードルが高い面もありますが、

「負けない程度」を目指すのはそれほど難しくありません。

世の中の何にでも言えますが、仕組みを理解して正しく処置をすれば、深刻になる状況は避けることができます。

ギャンブル依存症を解決したいというのは、ギャンブルでお金を失うことをやめたいと同じことですから、そのためには行動を変えましょう。

ギャンブルを継続している僕が思うのは、ギャンブル依存症の解決には、一切のギャンブルをやめるか、勝てる(負けない)程度までギャンブルを理解して行動するか、のどちらかしかありません。

「今より回数を減らす」とか

「金額を決めて向き合う」

といった、中途半端な方向性は、絶対に失敗します。

このあたりの具体的な解決方法については、別の記事で紹介します。

まとめ

ギャンブル依存症に対する「する側」としての見解でした。

僕は、こんなブログを運営しているくらいなので、ギャンブル=悪とは思っていませんが、お金を失って、苦しむのを良いことととは思っていません。(当然)

そして、ギャンブルは、仕組みの理解と正しい行動で結果が好転することも知っていますから、多くの人が負けない程度になれると良いなと思います。